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  ○月×日 冬空の流星のように僕はひとり
   朝日新聞夕刊の連載で、あの蜷川幸雄が、いま稽古中の俳優について書いている。
「ぼくらの少年たちには、自分の才能や教養に対する恐怖心が足りない」
 基本的に、僕は演出家としての蜷川に懐疑的だ。それほど多くの演出を見ているわけではないけれど、とりあえず築地本願寺で見た「王女メディア」にはピンとこなかったし、新宿三丁目タイニイアリスで行われた唐十郎との対談で、(僕から見れば)唐にとことん圧倒されてしまった現場を見てしまった後では、その仕事にグッとくるのはなかなか難しい。加えて、僕は俳優としての彼に対する印象が強い。どうしようもない時代劇で、ダメ殿を演じる彼のエキセントリックな存在感は圧倒的だった。それは、かつての盟友である蟹江敬三や石橋蓮司の、例えば「太陽にほえろ」での怪演的存在感と比べても遜色ないものだったから、”この人はどうして俳優をやらないんだろう?”と思ったりしていたわけだ。
 が、ほとんどの場合と同じように、僕の感覚とはまったく逆方向に現実は進み、いまや彼は日本を代表する演出家だ。というか、最初から彼は有能な演出家だったのだろう。で、彼は朝日新聞夕刊で連載コラムを書いている。
 その一節を取り沙汰したくなったのは、昨日、最新版の「朝日のような夕日をつれて」を見たからだ。と言っても、蜷川と「朝日〜」は客観的にはなんの関係もない。ただ、これまで幾通りもの「朝日〜」を見てきた僕が”これはどうなんだろう?”と思っていたときに冒頭の蜷川の文章を読み、鴻上尚史は今回の5人のうちの、大高洋夫と小須田康人以外の3人について、どんなふうに思っているんだろうと思ったわけだ。
 ちなみに、僕が見た初日公演では、アンコールでスタンディング・オベーションになった。なによりである。ただ、僕が初めて池袋のシアターグリーンで「朝日〜」を見たときにはスタンディング・オベーションという言葉すら僕は知らなかったと思うし、それでなくてもステージが終わって立ち上がり拍手するという人はいなかったんじゃないかなあ。それでも、出口に立って客を送り出していた岩谷真哉の、ある意味では恍惚とした表情は忘れられないし、2月の寒い夜に駅までの道を少なからず興奮しながら歩いたことはありありと思い出すことができる。当時、僕自身が自分の才能や教養に対する恐怖心をどの程度持ち合わせていたかは憶えていないけれど。
 それにしても、紀伊国屋ホールって狭いなあ。それこそ、僕が初めてあそこで芝居を見たのは第三舞台の最初の「朝日〜」だったような気がする。今の感覚で考えれば、大隈講堂裏の特設テントなんてとんでもない広さというか、狭さだったんだろうな。でも、当時はそれがすごく普通のことで、だからそういう距離感で僕はほとんど毎日のようにいろんな芝居を見ていた。さて、当時の僕は自分の才能や教養に対する恐怖心をどれくらい感じていたんだろう?
クョスコニョ    [1] 
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