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  ○月×日 なんでも縮めればいい、というものではないはず。
  ユーゴスラビアに行ったことはもちろんなく、ユーゴスラビア人に会ったことさえないのに、ユーゴスラビア人について書いたら、サッカー日本代表の次の監督として元ユーゴスラビア人(という表現も変だけれど)のハリルホジッチさんが有力、という状況になってきたようだ。と言っても、僕の文章と監督の選定にはなんの関係もないはずだし、僕が現時点で「ハリルホジッチ監督」について懸念するところはサッカーとはあまり関係ないことである。
最初に彼の名前を目にしたとき、「ハリルホジッチ」と表記されていたはずだが、間抜けな僕は「ハリル・ホジッチ」だと思い込んでしまっていた。ところが、知っている人は知っているだろうが、彼にはちゃんと「ヴァヒド」という名があり、「ハリルホジッチ」が姓である。とした場合に、最近では、サッカーに限らず、監督の名前を冠して代表チームを呼ぶことが常態化しており、だから「ハリルホジッチ監督」が実現したらサッカー日本代表は「ハリルホジッチJAPAN」と呼ばれることになるのだろうか? もちろん、そう呼んでも僕としてはなんら差し支えないが、なんだかまどろっこしいと感じる人はいないだろうか? これまたもちろん、まどっろこしいと感じる人がいてもかまわないのだけれど、そこで例えば「ハリルJAPAN」とか「ホジッチJAPAN」、あるいは「ハリホジJAPAN」みたいに呼ばれてしまう状況が生じないだろうか?というのが僕の懸念である。それも、かまわないと言えばかまわないのだけれど、でも人の名前ですからね。Mr.Childrenをミスチルと言ってしまう(のにも、個人的にはかなり抵抗があるわけだが)のとはわけが違う。正式には「SAMURAI BLUE」という愛称があるわけで、少なくとも日本サッカー協会はこの呼び方をプッシュすべきだが、でも「ブルーな侍」っていかにも思い切りが悪そうな感じがするし、代表チームを真剣に応援したいと思っているほど使いたくないだろうなとは思う。
 というわけで、この行き場のない感じはまさに現在の代表の状況を象徴としているとも言えるから、そういう意味では「ハリルホジッチ監督」は自然な流れなのかもしれない。もっとも、ザッケローニをザックと呼んだように、あっさり「ハリー」と呼んでしまえばいいのかもしれないが、そんなふうに呼びたくなるような親愛の情がわいてくるチームになることをとにかく祈るばかりだ。
クョスコニョ    [1] 
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