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  ○月×日 タモリは「ありのままの自分」って何だよと言ったそうだけれど
   できるだけ無責任な言い方をしたいわけだが、現時点で思いつくのは「おもろいボケするように見えてたけど、結局ちゃんとしたツッコミがいないと駄目ってことでしょ」という言い方になる。もちろん、ここで言う「ツッコミ」とは相手チームのことである。相性の良い相方に恵まれれば「自分たちのサッカー」のセンスが大ウケすることもあるが、自立した笑いとしていつでもどこでも花開くわけではない、という感じ。「我々は試合を支配していた」というコメントをよく目にするけれど、試合の支配度はボールのポゼッション率だけではかれるものではないし、同じ意味でディフェンス登録の選手の人数やバックラインに並べる選手の数だけでチームの姿勢が攻撃的かどうかを判断できるわけではないと思う。マラドーナのように、サッカーの試合をピン芸にしてしまう人も確かにいたけれど、そんな彼でさえも彼以外の21人プレーヤーと3人の審判の関係性のなかでこそ彼の芸が至高の歓びに達することはちゃんと承知していたんじゃないのかなあ。
 松本人志が、「ガキの使い」のフリートークと「すべらない話」で同じネタを話すと「ガキの使い」のフリートークのほうが100倍面白い。それは、「ガキの使い」では浜田雅功の的確なツッコミが話のグルーヴを増大させるからだが、松本自身がそのツッコミの効果を誰よりも信頼しているからこその結果でもあるだろう。そこで、サッカーに話を戻せば、内田が「試合に勝つのがいいのか、自分たちのサッカーをすればいいのか」という問いかけを発しながら自身の考えは冗談めかして明らかにしなかったそうだが、今大会の彼のプレーぶりを見ていて、彼にとっての「自分のサッカー」は「試合に勝つために最善を尽くすプレイ」なのだろうと勝手に理解している。25日にもし「奇蹟」が起こったら、コートジボアール戦で、確かジェルビーニョだったと思うが、あわや1-3になってしまうかと思われたカウンター攻撃を内田が後ろから追いかけてボールを奪ったシーンを思い出し、”これは決して奇蹟ではなく、やらなければいけないことをやった人がいたから”と思いたい。

 ところで、当然のようにマイナーな扱いを受けているけれど、ラグビー日本代表がイタリア代表に勝ったのは素晴らしいニュースだ。来年のワールドカップで日本が予選リーグを突破しても、それは決して「奇蹟」などではない状況になってきた。なにせカナダ、アメリカ、イタリアに完勝、という最近の戦歴を見ると、予選リーグであらかじめ2勝を計算してもおかしくないレベルになってきたと思わせる。特にイタリアにスクラムで負けなかった、なんて凄いなあ。来年のワールドカップが近づいたら、「ディープインパクトの走りを科学する」とか「長友祐都の肉体を科学する」みたいに、ぜひ「日本代表のスクラムを科学する」という番組を作ってほしい。
 と言いながら、そんな企画が通ってしまうほどラグビーが人気を得ていたら、「2019年の日本でのワールドカップ開催時はぜひ日本人監督がいいなあ」みたいなことを、いろんな立場の人がいろんな都合で言い出すのかもしれないから、それはそれで悩ましい。スポーツでも音楽でも、人気が出るということは「いろんな立場の人がいろんな都合で勝手なことを言う」ということだから、それも仕方ないのかもしれないが、僕自身は内田的な心境になるだろう。すなわち「ラグビー日本代表が勝つのがいいのか、人気チームになるのがいいのか」ということである。
 80年代中頃、日曜の夜中にダウンタウンの二人が最高に面白いトークを毎週展開していた当時、その事実を誰かと共有できなくても、僕自身は何も不満はなかった。あるいは、さらにさかのぼって1975年に来日したウェールズのラグビ代表チームの凄いプレイは僕の周りではまったく話題にもならなかったが、まったく不都合はなかった。僕としては、ただ面白いネタや素晴らしいプレイを目撃、あるいは体験できれば、それで十分なのである。
クョスコニョ    [1] 
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