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  ○月×日 丸山健二『夏の流れ』読了
 

 

 もう30年くらい前の話になるけれども、NHK教育テレビで毎週日曜日の夜に「若い広場」という番組が放送されていて、その番組の最後に“マイ・ブック”という10分ほどのコーナーがあった。そこでは、月替わりで作家が登場して毎週1冊本を紹介するのだ。たとえば野坂昭如が『ドルジェル伯の舞踏会』を取り上げ、五木寛之はムンクの画集を紹介し、石原慎太郎は『第三帝国の興亡』について語った。僕が丸山健二の存在を知ったのは、その番組でだった。残念ながら彼がどんな本を紹介したのか覚えていないのだけれど、ひとつだけ覚えているのは彼が自分が書くべき小説について語った話だ。いわく「日本の文学の中心である私小説は保険の外交員みたいなものだ。まず、自分のことを書き、次に家族のことを書き、その次には知人のことを書く。自分はそんなつまらないものは書かない。そういう小説とはまったく違う小説を書こうと思った」そして、その威勢のいい話以上によく覚えているのは、その話を語る彼の顔つきであり、話しぶりだった。子供心に僕は、この人はきっとそういう小説を書いているんだろうと思ったのである。
 もっとも、その人の小説を読むのはじつにそれから30年後のことになったわけだ。しばしばこの小説を読もうと思うことがあったのだけれど、書店でみつけることができず、果たさずにいた。ところが、先日「アエラ」に掲載されていた近況ルポで描かれている彼の肖像が30年前のイメージをほうふつとさせるにおよんで、僕はかなり強い決意でこの小説を読むことにした。そして、書店で探すと単行本も文庫本も絶版になっているという。仕方がないので、家の近所の図書館に行くと、別の図書館に1冊だけ単行本があることがわかった。もちろん、取り寄せてもらうことにし、ようやくこの本を手にすることになった。
 前置きの長さに反して、この小説の感想はいたってシンプルである。すなわち、久しぶりに小説らしい小説を読んだ、と思った。内容は、死刑囚を担当する刑務所の看守の話だ。当然、面白おかしい展開はないし、気の効いた会話が交わされるわけでもない。しかし、ここには明確な美意識に貫かれた文体があり、それによって描きだされる人間の生と死に関する冷徹な洞察がある。
 読み終えた後で、ひどくのどが渇いていることに気づいて少し驚いた。この小説はそれほどの激しい生理的な変化を読む者に引き起こすだろうし、しかもその変化に気づかせないくらい強く深く引き込んでしまうのである。

クョスコニョ    [1] 
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