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  ○月×日 沢木耕太郎「男と女」読了
 

 一昨年から刊行が続いている「沢木耕太郎ノンフィクション」シリーズの第6巻。「壇」「鬼火」「天才との出会いと別れ」「無名」、そして後書きとして「夜の野菜畑」を収めている。僕は沢木のかなり熱心な読者で、単行本はもちろん、彼の文章が載っている雑誌もマメに手に入れて読んできた。だから、このシリーズに収められた文章はどれも既に一度読んだものばかりだが、それでも懲りずに全巻買い揃えている。もちろん、飾っておくために買うのではなく読み直すわけだが、その行為が何かに似ているなあと思っていたらこの第6巻を読んでいる間に思い当たった。それは、たとえば記憶のなかで美化された思い出の写真を確認するような感覚なのである。“あれっ、あそこってこんな街並みだったっけ? あの人、こんなに太ってたっけ?”てな感じだ。

 とは言っても、このシリーズを読むことが思い出の修正の繰り返しというわけでもない。たとえば、ここに収められた「壇」である。物語の語り手であるヨソ子夫人が壇一雄に初めて会うシーン、壇の体調を案じてポルトガルまで駆けつけるヨソ子夫人を壇が出迎えるシーンなどを読むと、ただ記憶のなかの感動を再生するだけでなく、新たな感慨を抱くことになる。この物語の、主人公の一人称による語りで物語を展開していく手法は、沢木にとっての唯一のゴースト・ライティング経験となった文章からの発展であることが後書きで明かされているが、僕のなかでは大場正夫を題材にした「ジム」という作品から「壇」への流れが出来上がっている。この手法で長い文章を書き継いでいくっていうのはむずかしいんだよなあ。

 「無名」は僕が唯一単行本を買わなかった作品だが、ここで読んでみてやはり買うことを躊躇した自分の直感は正しかったと思う。作品の善し悪し以前に、自分の父親との関わりをこんなふうに書くことを僕は最後までうまく受け止めることができなかった。沢木はかつて九条映子に「コカ・コーラみたいな人ね」と言われたそうだが、僕はそんなふうに“スカッとさわやかな”人柄ではないから、と言えばそれは卑屈に過ぎるのだろうけれど。

 

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http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_top.cgi?aid=p-yuibo81886

 

クョスコニョ    [1] 
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